高校生による舞台芸術公演の劇評(レビュー)を募集

第2回高校生劇評グランプリ結果発表

2015年3月2日

第2回高校生劇評グランプリは、64編の応募があり、厳正な選考の結果、優秀賞ならびに団体賞が以下のように決定しました。

最優秀賞

吉原爽斗よしはらさやと (筑波大学附属駒場高等学校 2年)
劇評タイトル:「鳴かぬ蛍が身を焦がす―人形浄瑠璃

【公演名】文楽鑑賞教室 絵本太功記・尼ケ崎の段
【主催団体/劇場名】 日本芸術文化振興会/ 国立劇場小劇場

優秀賞

【ライブパフォーマンス・レビュー部門】 (※50音順)

名前 高校名 学年 劇評タイトル 公演名 主催団体/劇場名
赤澤あかざわみなみ 明治大学付属明治高等学校 3年 お台場に現れたマノクワリ歌舞伎座 野外劇「南の島に雪が降る」 ベッド&メイキングス/
お台場潮風公園内「太陽の広場」特設会場
伊賀彩夏いがあやか 東京大学教育学部附属中等教育学校 2年 「暴走ジュリエット」 現代に息づくシェイクスピアの作品 暴走ジュリエット ゴーチ・ブラザース/
あうるすぽっと
石本いしもと秀一しゅういち 早稲田大学系属早稲田実業学校高等部 2年 赤鬼―差別なき世へのあてなき航路を探して 青山円劇カウンシルファイナル『赤鬼』 青山円劇カウンシル/
こどもの城 青山円形劇場
えくぼ紗貴さき 慶應義塾女子高等学校 3年 ランボーの幻影 皆既食
~Total Eclipse~
Bunkamura/
シアターコクーン
黒田くろだ藍子あいこ 渋谷教育学園渋谷高等学校 2年 『皆既食』天才と凡才 皆既食
~Total Eclipse~
Bunkamura/
シアターコクーン
小林礼奈こばやしあやな 豊島岡女子学園高等学校 3年 観客に突きつける「人生の希望」 ロンドン版 ショーシャンクの空に 東宝/
シアタークリエ
鶴巻碧衣つるまきあおい 渋谷教育学園幕張高等学校 1年 舞台上の魔法 シンデレラ 新国立劇場 /
オペラパレス
中澤千智なかざわちさと 北海道札幌開成高校 2年 見つけ出す、舞台。 ノケモノノケモノ トゥインクル・コーポレーション/
札幌市教育文化会館大ホール
中村彩美なかむらあやみ 東京都立総合芸術高等学校 1年 現代に必要な衝撃 炎 アンサンディ 世田谷パブリックシアター/
シアタートラム
那須野綾音なすのあやね 東京都立科学技術高等学校 3年 劇と今を見つめる きらめく星座 こまつ座/
紀伊國屋サザンシアター
矢﨑里沙やざきりさ 守屋育英学園関東第一高校 2年 同じ高校生として もしイタ~もし高校野球の女子マネージャーが青森の「イタコ」を呼んだら フェスティバル/トーキョー14/
にしすがも創造舎

【映像作品・レビュー部門】

名前 高校名 学年 劇評タイトル 公演名 主催団体/劇場名
小林環蒔こばやしたまき 東京都立保谷高校 1年 スクリーンから舞台へ ビリー・エリオット ミュージカルライブ リトルダンサー 東宝東和配給/
TOHOシネマズ みゆき座

団体賞

大阪市立咲くやこの花高等学校

東京都立科学技術高等学校



選考委員講評

講評

扇田昭彦 (演劇評論家)

 第一回と比べて、今回は劇評のレベルが全体にぐんと上がったことに驚きと喜びを覚えた。質の高い劇評が多く、審査する上で差をつけにくい状態が生まれたのだ。
 その中でも、国立劇場の文楽鑑賞教室で上演された『絵本太功記・尼ケ崎の段』を評した「鳴かぬ蛍が身を焦がす-人形浄瑠璃」は、「発見」のあるいい劇評で、グランプリを獲得した。文楽を見るのはこれが初めてという筆者だが、この劇評には初体験の驚きと感銘、舞台上の動きの詳細な描写があり、人形浄瑠璃について学んだ知識も加わっている。そしてその中から、大夫の語りと三味線はあるものの、人形たち自体は終始無言であり、文楽とは「沈黙の芝居」ではないかという意表をつく「発見」が提出される。おそらく文楽を見慣れた人からはなかなか出てこない新鮮な感想である。
 優秀賞は審査員の合議の結果、十二編が選ばれた。ここでは個々の作品に触れないが、どれも甲乙つけがたい劇評である。
 今回、初めて映像部門が設けられ、ロンドンで上演されたミュージカル『ビリー・エリオット』の映像版を批評した「スクリーンから舞台へ」が優秀賞を得た。この映像版は私も映画館で見たが、ロンドンで上演中の躍動的な舞台の感触を巧みに活かした見事な出来栄えである。この劇評も描写力があって読ませる。ライブの舞台を見るのが一番いいことは言うまでもないが、こうした映像版を通しての舞台鑑賞の機会も今後、増えていくと思われる。映像部門の劇評にもさらに期待したいと思う。

劇評グランプリの可能性

阿部 順 (全国高等学校演劇協議会事務局長)

 高校生劇評グランプリ。昨年の募集は東京限定であったが、今年は一気に全国に広げた。応募作品のジャンルは、ストレートプレイ、ミュージカルだけでなく、文楽、能・狂言、歌舞伎、バレエと多岐に渡った。また今年から新設された映像部門にも応募があった。そしてその劇評は、押し並べてレベルが高かった。つまり第2回目にして、主催者側も応募側も、この企画の大きな可能性を見出したわけだ。映像部門の劇評が、LIVEと同様に高く評価されたことも、今後の演劇鑑賞の一つのあり方を示している。私も、映画館で芝居を観たいと思った。
 さて「最近は昼の公演は人が入るんだけど、夜の公演がなかなか・・・」と演劇関係者は口を揃えて言う。劇場に通う人々の高齢化が進んでいる。先日も某有名劇団の夜の公演に行ったが、真ん中より後ろの方はけっこう空いていた。あそこに高校生や大学生がいたらどんなにいいかと思った。学生のための奮発チケットなるものを出せないだろうか。そうすれば劇場が若返り、芝居も若返る。
 本と映画の関係のように、「芝居を観てから劇評を読むか、劇評を読んでから芝居に行くか」なんてことが言えるようになることも、この劇評グランプリの可能性の一つとしたい。

ジャンルを問わず多彩な舞台芸術との出会いを

高野しのぶ(現代演劇ウォッチャー、しのぶの演劇レビュー主宰)

 昨年度よりも文章力が飛躍的に向上していて驚きました。劇評レクチャーに参加された方や、高校生劇評グランプリ公式サイトにある講義内容を読まれた方も多かったのかもしれません。打てば響き、ぐんぐん育つ高校生のポテンシャルを見せつけられた思いです。高校生応援特別割引チケットで観た公演の劇評も多数ありました。今後もこのようなチャンスを貪欲に掴んでいただきたいです。
 日本には伝統芸能、現代演劇、ミュージカル、ダンス等の多彩な舞台を観られる恵まれた環境があります。また、テレビや映画館、インターネットで舞台中継を見られる機会も増えるでしょう。幅広く、さまざまな種類の舞台芸術に触れることで、劇評の焦点をより明確にできるだろうと思います。
 舞台を観て感じたこと、考えたことを率直に、詳細に表現した作品に好感を持ちました。確かに存在して、消えていった舞台に自分の言葉で光を当て、劇評という形にすることで舞台芸術の世界に参加してください。若き日の劇評は自分の成長の記録にもなります。

古典芸能から現代劇までージャンルを超えた舞台芸術評へ-

田中綾乃(三重大学准教授、演劇評論家)

 今年、二年目を迎えた高校生劇評グランプリ。第二次選考に残った28本は、どれも高校生たちの瑞々しい感性が散りばめられ、文章表現力にも優れた力作ばかりで、総じてレベルが高いという印象を受けた。中でも、特筆すべき点は、古典芸能の舞台を扱った評が多かったということ。昨年は0本だったが、今年は全体の応募数64本のうち、能の評5本、文楽の評5本、歌舞伎の評2本。第二次選考を通過したのはこのうちの4本で、あとはストレートプレイやミュージカル評が多かったが、その中で見事グランプリを獲得したのが人形浄瑠璃文楽『絵本太功記』「尼ヶ崎の段」を扱った「鳴かぬ蛍が身を焦がすー人形浄瑠璃」である。
 『絵本太功記』「尼ヶ崎の段」は、通称「太十」と呼ばれ、文楽・歌舞伎の中でも最も重厚かつ難解な時代物のひとつである。今回、文楽を初めて観たという評者は、人形とそれを遣う人形遣いに着目して、単なる文楽論だけでなく、舞台芸術全般に通用する演技論まで射程に入れ、自分なりの考察を丁寧に展開した点が評価された。
 通常、古典芸能の舞台を観て、ましてやそれを評するには、ある程度の専門知識が前提となるので、ハードルが高いと思われている。しかし、それを易々と越えてしまうのは、高校生たちがジャンルに捕われず、現代劇と同じ舞台芸術のひとつとして古典作品に対峙し、そこから感じ取ったことや考えたことを素直に文章として表現しようとする熱意があるからであろう。この熱意こそ、劇評へと向かわせるプリミティブな原動力であることをあらためて思い起こされる。
 舞台芸術はすべて一期一会である。舞台が終われば、それは消えてなくなる。だからこそ、その舞台を観た者が言葉を紡ぎ出して、一瞬の舞台芸術を留めることが求められる。古典芸能であれ、オペラであれ、ミュージカルであれ、ストレートプレイであれ、ジャンルや先入観に捕われず、これからも自由な劇評が出てくることを願っている。

レベルの高さに驚く

萩尾瞳(演劇・映画評論家)

 高校生劇評グランプリ第2回目にして、格段にレベルの高い劇評が増えたことは嬉しい驚きでした。それだけ劇評に対する興味が拡がってきたのかもしれないと、頼もしさと心強さを覚えます。
 最優秀賞の「鳴かぬ蛍が身を焦がす」は人形浄瑠璃を取り上げたものですが、文楽の特質を理解し自分の中で咀嚼したうえで、舞台をしっかり観て聴いて筆者なりの視点を明快に打ち出していることに感嘆しました。文章も言葉の選び方もよく練られており、圧倒的な支持を得たのも当然だと思えます。
 優秀賞もそれぞれに面白く読みました。なかでは『もしイタ』を取り上げた「同じ高校生として」が、個人的には印象に残りました。てらいのない題名と同様に、内容も非常に素直で伸びやか。借り物の言葉や分析ではない、まさに筆者独自の劇評に爽やかささえ感じました。語彙や分析の面で背伸びをすること自体は必要ですが、借り物を借り物のまま出してくる劇評だけは避けてほしいと思っているため、なおさら好感を持ったともいえます。
 ミュージカル評が増えたのも嬉しかったのですが、優秀賞には1本も届かなかったのが残念でした。どれも悪くないのですが、音楽の効果について触れてなかったのが欠点となりました。次回はもっと素敵なミュージカル評が出てくるといいな、と期待しています。

総評として

森山直人(京都造形芸術大学教授、演劇評論家)

 今回初めて審査員として参加し、レベルの高い作品が多くて驚きました。そして、ふと私自身の高校時代の観劇体験を思い出しました。その頃と今とでは好みも随分変わったはずなのに、高校時代の観劇体験は、今でも特別な彩りを放っています。たぶんそれは〈初体験〉だったせいです。劇場文化というものに、親の勧めなどとは無関係に、曲がりなりにも自分の責任ではじめて触れた劇場の座席の座り心地や周りの観客の息づかい、まばゆい照明や、衣装の下からじっとり滲んだ役者たちの汗・・・そのときは漠然とした印象でしかなかったはずなのに、30年以上経った今でもやはり忘れることができません。
 皆さんのなかで、将来プロの劇評家になる人は、たぶんほとんどいないでしょう。全然それでかまわないと思います。でも、だとすれば、冒頭に言った「レベルの高さ」とは、いったい何なのでしょうか? 変な言い方にきこえるかもしれませんが、「慣れていない」からこそ獲得できる「レベルの高さ」というものが世の中にはたしかに存在しています。今回受賞した作品のほとんどに、私はそれを感じました。たとえば、人形浄瑠璃を論じた最優秀賞作のなかに、「文楽とは沈黙の芝居ではないか」というフレーズがあります。この鋭さは、文楽に慣れてしまった人の眼には絶対に見えてこない「見え方/見方」です。劇評も批評の一種ですが、批評にとって「慣れ」は最も警戒すべき天敵です。批評はまさしく「慣れること」への誘惑からたえず身を守るために、たえず勉強し、たえず自分を更新していく必要があるのです。「慣れていない」からこそ、初めて自分に押し寄せてきた外からの感覚を全身で受けとめ、なんとかそれを言い表してくれそうな「言葉」を探し出そうとするのです。
 今回受賞となったどの作品にも、そうやって実現した「言葉」の発見の痕跡が、なまなましく感じられました。たとえ同級生より多少観劇本数が多くても、皆さんはまだまだ劇場文化にとっての「新参者」です。別にそれでいいのです。「新参者」としての誇りと謙虚さを忘れずに、今後もたくさんの舞台に触れ、たくさんの「言葉」を発見してみてください。

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