高校生による舞台芸術公演の劇評(レビュー)を募集

第4回高校生劇評グランプリ結果発表

2018年3月20日

第4回高校生劇評グランプリは、25編の応募があり、厳正な選考の結果、優秀賞ならびに団体賞が以下のように決定しました。
※作品タイトルをクリックすると作品が読めます
※選考委員講評

最優秀賞(50音順)

小野真子おのまこ (慶應義塾女子高等学校/東京都 3年)
劇評タイトル:「小さな戦争

【公演名】池袋ウエストゲートパーク SONG&DANCE
【主催団体/劇場名】東京芸術劇場(公益財団法人東京都歴史文化財団)、東京都、アーツカウンシル東京(公益財団法人東京都歴史文化財団)、ホリプロ/東京芸術劇場シアターウエスト

春名高歩はるなたかほ (岡山学芸館高等学校/岡山県 2年)
劇評タイトル:「日本の北と南を繋ぐ舞台」

【公演名】ハイサイせば~Hello-Goodbye~
【主催団体/劇場名】渡辺源四郎商店、なべげんわーく合同会社/こまばアゴラ劇場

優秀賞(50音順)

【ライブパフォーマンス・レビュー部門】

名前 高校名 学年 劇評タイトル 公演名 主催団体/劇場名
小川竜駆おがわりゅうく 大阪市立咲くやこの花高等学校
(大阪府)
2年 傾き、歌舞伎、KABUKI 松竹大歌舞伎 中村芝雀改め 五代目中村雀右衛門襲名披露 公益社団法人全国公立文化施設協会/
岸和田市立浪切ホール
黒瀬彰斗くろせあきと 岡山学芸館高等学校
(岡山県)
1年 目を逸らし続けて気付いた真実 岡山観光MAP 仮設劇団・岡山ノ猫/
岡山禁酒会館2Fホール
雫日生しずくひなせ 栃木県立矢板東高等学校
(栃木県)
2年 息をする舞台 トロイ戦争は起こらない 新国立劇場/
新国立劇場中劇場
杉下はるすぎしたはる 東京都立小石川中等教育学校
(東京都)
2年 “動”と“静” ミュージカル「レディ・ベス」 東宝/
帝国劇場
鈴木茉里すずきまつり セントヨゼフ女子学園高等学校
(三重県)
1年 人形はしあわせか 人形の家 第七劇場/
三重県文化会館 小ホール
古門華子ふるかどかこ 豊島岡女子学園高等学校
(東京都)
3年 無限に広がる魔笛の世界 神奈川県民ホール・オペラ・シリーズ2017 魔笛 神奈川県民ホール/
神奈川県民ホール大ホール
見上愛みかみあい 桐朋女子高等学校
(東京都)
2年 大きな鎧をまとった小さな人間たち 池袋ウエストゲートパーク SONG&DANCE 東京芸術劇場(公益財団法人東京都歴史文化財団)、東京都、アーツカウンシル東京(公益財団法人東京都歴史文化財団)、ホリプロ/
東京芸術劇場シアターウエスト
山地楓太やまぢふうた 岡山学芸館高等学校
(岡山県)
1年 よくわかる高校演劇 O.M.D.C 岡山県立岡山南高等学校演劇部(第41回岡山県高等学校総合文化祭演劇部門(県大会))/
総社市民会館
吉枝里穂よしえだりほ 東京都立総合芸術高等学校
(東京都)
3年 トロイからの警鐘 トロイ戦争は起こらない 新国立劇場/
新国立劇場中劇場

団体賞

岡山学芸館高等学校(岡山県)



選考委員講評

吸収し、感性を磨く

阿部 順 (全国高等学校演劇協議会事務局長)

 いい芝居に立て続けに出会った。よくわかる劇とわからない劇。翻訳劇と日本の作家の劇。ともに戦場のむごさをこれでもかと語る。つらい。語られる情景を描くことを拒否しようと一方の心が働く。もう一方の心はこの歴史を自分の中に刻まなければいけないのだと役者が語るセリフの中に身を置かせようとする。両劇は笑いも絶えない。笑いとつらさの振幅。心が激しく揺さぶられる。ひと言で言えば「感動した」。この感動をどう伝えたら、それを読んだ人を劇場に引っ張りその感動を共有できるか、そこから劇評は始まるのだろう。文章を書くと言うことは心を整理することだ。よくわかる劇のストレートな衝撃、よくわからない劇の観劇後も何度も頭に蘇るあの場面、この場面。その思いを分析し、より客観視してみる。舞台の背景を知るためにプログラムを買う。観劇後に劇評を書こうと思うだけで、あなたの吸収力は一気に高まる。その劇をあなたの中に落とし込むことができる。
 そして劇評に取りかかる。言葉との闘いが待っている。言語力は知性とも言う。言葉を取捨選択することは、感性を養うことなのだ、とも言う。言語を鍛えることは感性を鍛え、感性を磨くことは言語を磨くことなのだ、と。今回の劇評を読んでも、皆さんがいかに言葉と闘っているかよく見えた。普段使わないような表現に果敢に挑み、自分の思いを伝えようとしている姿が。だから今年の応募作品は総じて水準が高かったのだ。
「よかった」「感動した」「笑った」「泣いた」。ひと言で済ませることが多い、観劇後の感想。その後続く「なぜ?」に答えることは孤独な闘いである。しかし皆さんは劇評を書くことで、1本の劇から多くを吸収し、自らの感性を磨いた。それこそ劇を観るのにかかる手間と金銭的負担を大いに上回る収穫なのだろう。

岡山から届いた言葉

内田洋一(文化ジャーナリスト)

 最優秀賞二本のうち「日本の北と南を繋ぐ舞台」を私は推した。岡山から上京してまで芝居を観る情熱にまず胸打たれたから。劇評に冷徹な分析が必要なのは言うまでもないが、同時に熱いパッションがないと読者や舞台をつくった当事者に言葉が届かない。この劇評には、その熱さがある。津軽弁と琉球語の応酬で笑わせる作者、畑澤聖悟の作劇術を踏まえつつ、その土地独自の文化があるから「故郷」なのであり、その文化を伝えるのが文化なのだと衒いなく論述する。標準語の「東京」でこうした芝居を上演する意義を説いていく直截さには、若さとまぶしさがあった。
 もう一つの「小さな戦争」は文章力が際立っていた。舞台から受け取る情報の量は劇評の質を左右する。二時間なり三時間なりの上演中、目の前で起きている劇的なできごとをどれだけ強く、また精細に感じとれるかが何より大切なのだ。書く以前に観劇体験の深さが劇評の出来不出来をすでに決めてしまっているとさえいえる。「小さな戦争」には体験を受け止める力の確かさがある。私はこの作を第二に推していたが、同時受賞は当然、異論はなかった。これだけ舞台を注視できる高校生の観客がいるとは。
 優秀作のうちでは二作に注目した。「目を逸らし続けて気付いた真実」に記された体験の強さと心の震え、「無限に広がる魔笛の世界」に示された周到な観察眼と記述力(でも演出家名はちゃんと書こう!)、それぞれに精彩があった。
 今年から審査に加わったが、応募作品の水準の高さに正直、驚いた。そして嬉しくなった。舞台の創作にかかわった演出家や俳優が読めば、きっと大いなる刺激となるだろう。皆さん、これからも素晴らしい観客でありつづけてください。

「打てば響く」どころじゃない、高校生劇評の実力と未来

高野しのぶ(現代演劇ウォッチャー、しのぶの演劇レビュー主宰)

 残念ながら前回より応募数は減少したものの、観察眼、思考力、独創性、文章能力などが全体的に驚くほどレベルアップしていて、非常に感動しました。最優秀賞に選ばれた2作品は言うまでもありませんが、戯曲、演出、演技、スタッフワークなどの各要素に目を配り、全体像を簡潔に伝えながら、鑑賞体験を自分の言葉で正直につづった作品が多く、何度も涙しながら全候補作を読み終えました。
 舞台という虚構を通じて現実を俯瞰し、自分自身の課題と向き合っていく作品が多かったことにも感銘を受けました。優秀賞の「目を逸らし続けて気付いた真実」は岡山の劇団の創作劇との衝撃的な邂逅を、生々しい筆致でつまびらかにした劇評でした。読み進むごとに引き込まれ、読者の私もまるで上演に立ち会えたかのよう! 高校生の優れた劇評が、各地固有の舞台を広く報せるきっかけになることも喜ばしく思います。
 高校生の皆さんには今後も、当サイトで公開されている過去の受賞作や劇評レクチャーの記録などを参考にして、継続的に劇評執筆に挑戦していただきたいです。まずはジャンル、規模にとらわれず多種多様な舞台芸術に触れることが一番の栄養になると思います。未知の他者との出合いを積極的に楽しんでください。

クリティカルな視点を持つということ

田中綾乃(三重大学准教授、演劇評論家)

 今年は事務局から応募者数が少なかったと聞いていたのですが、選考に残った作品はどれも読み応えがあり、総じて文章レベルが高く、嬉しい驚きでした。私自身、上位の作品は甲乙つけがたく、選考委員会でも同意見があがりましたので、今年は最優秀賞が2本という喜ばしい結果となりました。
 「劇評」で大切なことは、まずは舞台の描写力です。つまり、その舞台を観ていない人にもどのような芝居だったのかが伝わるということです。私は「劇評マジック」と呼んでいますが、「劇評」を読んだだけで、その舞台の様子や魅力がわかるような評が理想です。その意味で、上位の作品はどれも、あらすじや演出、舞台装置や美術、音響、役者論などに言及されていて、描写力に優れていました。
 優秀賞の『岡山観光MAP』を対象にした「目を逸らし続けて気付いた真実」は、私は知らない作品でしたが、文章からどのような舞台だったのかがありありと目に浮かび、また、評者の衝撃も伝わる評でした。最優秀賞のひとつの「日本の北と南を繋ぐ舞台」は、私自身も年始に『ハイサイせば』を観て、大好きな作品でしたので、細やかな舞台描写の評を読みながら、観劇した作品をあらためて振り返ることができました。評者は岡山から飛行機に乗ってわざわざ東京のこまばアゴラ劇場に観に来たとあるように、勢いのある評が新鮮でした。同じく最優秀賞の『池袋ウエストゲートパーク』を対象にした「小さな戦争」は、要点をバランスよくまとめて、ダンス論と役者論を採り入れながら、評者独自の作品分析を行っている点が良かったです。また、作品の課題について触れられていたのも大事な視点です。
 さて、「劇評を書く」と聞くと、尻込みしてしまうかもしれませんが、私は高校生のみなさんにぜひこの「劇評」にチャレンジしてもらいたいと思っています。どうして「感想文」ではなくて「劇評」なのでしょうか?それは「劇評」には「クリティカルな視点を持つ」ということが不可欠だからです。では、「クリティカルな視点」とはどういうことでしょうか?私自身は、ある舞台作品に出会った時に、なぜその作品が面白かったのか、あるいは、その作品がなぜ面白くなかったのか、ということを自分なりに問いを立てて分析する作業だと考えています。
 「批評」は、ただ作品を絶賛したり、作品の欠点をあげつらうのではなく、「なぜ?」と問いを立ててその作品と向き合い、理解することから始まります。この「クリティカルな視点」は、単に「劇評」だけに必要な視座というよりは、作品を創り出すアーティストにとっても大切な視点ですし、何より社会で様々な出来事(時に理不尽な出来事)に対峙する時にも力になってくれる視点です。これから成人して、社会に出ていく高校生のみなさんには、ぜひこの「クリティカルな視点」を若い時から養ってもらいたいと願います。
 今回、応募された方々には今後も変わらず「クリティカルな視点」を持ち続けてほしいですし、まだ応募されていない高校生のみなさんは、「劇評」へのチャレンジをお待ちしています!

演劇の力を感じた劇評の数々

山内佳寿子(『ミュージカル』誌 副編集長)

 昨年、初めて選考委員を務めさせていただき、そのレベルの高さに驚きましたが、今回は、昨年以上に文章力のある優れた劇評が多かったです。入賞作品は、その舞台が自分にとってどんな出会いになったかや独自の視点による考察、また上演された意義などが盛り込まれ、豊かな感性と真摯な目線が感じられる力作が揃いました。最優秀賞は1作に絞れず2作です。その1つ「日本の北と南を繋ぐ舞台」(『ハイサイせば~Hello-goodbye~』) は、戦時中に暗号として使われた“方言”を巡る展開から、その奥に描かれているものを深く受け止めたことが真っ直ぐに伝わってくる文章に強い説得力がありました。もう1つの「小さな戦争」(『池袋ウエストゲートパーク song&dance』)は、演出・ダンス・歌についての考察から、自分が受け取ったバトンを未来に繋げたいという想いまでが実に巧みにまとめられています。優秀賞の中で印象深かったのは、「“動”と“静”」(ミュージカル『レディ・ベス』)。作品の魅力を語ると同時に、ミュージカルだからこそ生まれる“動”と“静”という視点が新鮮でした。
  さまざまな作品に触れることで、何かを感じ、考え、発見していく…それこそが演劇の大きな力だと思っています。それを改めて実感させてくれた劇評の数々でした。

高校生劇評グランプリ2017 講評

森山直人(京都造形大学教授、演劇評論家)

 このグランプリの審査員を担当するのは三回目だが、今回はいままでで一番「接戦」で、選考が難しかった。誰がグランプリをとってもおかしくないレベルの劇評が、複数あったからである。かなりの議論を重ねた末、私は最優秀賞を2本にすることを強く推した。どちらかに決めるより、どちらも受賞することが、今後につながるのではないかと感じたからである。
 最優秀賞のうち、小野真子さんの「小さな戦争」で、私が一番印象に残ったのは、小野さんが、作品の優れていた点だけでなく、欠点も客観的に指摘していたところである。ただたんにありきたりの褒め言葉を並べるだけでは、「劇評」とはいえない。「劇評」とは、「劇」の「批評」だからである。そして「批評」や「批判」とは、よく誤解されているように、けっして「悪口を言う」ことではない。物事をいろいろな角度からながめ、そこから見えてきたこと、聞こえてきたことを、できるだけ自分以外の人にも通じる言葉で記述することこそが、「批評」なのだ。その意味で、小野さんの文章には、たしかな「批評性」を感じることができた。もうひとつの最優秀賞受賞作である春名高歩さんの「日本の北と南を繋ぐ舞台」も同様である。春名さんは、最後の段落で、「この劇を沖縄県民、青森県民が観たらどのような印象を受けるのか気になった」と書いている。ここにも、それまでの記述とはやや角度をかえ、観劇した作品をもう一度離れたところから見直してみようという「批評性」が、きちんと実践されている。
 次に、惜しくも最優秀賞を逃した作品で、印象に残ったものについて書く。古門華子さん(「無限に広がる魔笛の世界」)は、演出家の勅使川原三郎について、もう少し丁寧な記述がほしかったが、描写力、着眼点、分析力の点で優れた作品だった。山地楓太さん(「よくわかる高校演劇」)は、「劇を観た後、しばらく自分がいるこの世界も劇の中ではないかという感覚を覚えた」という最後の記述に、それまでの記述との関係のなかで、強い説得力があった。鈴木茉里さん(「人形はしあわせか」)は、ともすれば「難解」の一言で終わってしまいそうな実験演劇について、粘り強く自分の言葉で分析しようとしている点がよい。杉下はるさん(「“動”と“静”」)は、その逆で、ある意味では「分かりやすい」ミュージカルのなかに、一見見落としてしまいそうなドラマトゥルギーの「秘密」が隠されていることを、的確な言葉で指摘していた点が素晴らしい。

 最後に――。「劇評」は、こういう書き方で書かなければならない、という規則は、ほんとうはない。しかし、だからといって、たんなる「感想文」以上の何かにしあげることは、簡単ではない。劇は、見ているはしからどんどん過ぎ去っていってしまうし、それについて語ろうとする言葉も、必ずしも自分の思い通りにはならない、厄介な「他者」だからである。だが、自分の思い通りにならないものと格闘するというまさにそのことが、たんに「劇評を書く」という営みをこえ、人が生きていく上でもっとも重要なプロセスなのではないか、ということは、ここで強調しておきたい。次回もまた、多くの高校生に、批評的な格闘の足跡を数多く送ってほしいと願っている。

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